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マイクロ法人

■マイクロ法人

家賃収入の手取りと節税の最大効率を目指すとき①個人事業主②法人③個人事業主&マイクロ法人のうち、③を選択して売上(個人→不動産管理料)を78~98万円にすると「現行制度」におけるベネフィットの最適解を目指せることを知る

「マイクロ法人」による節税、手取りが最大化する売上額は?
東大卒税理士があらゆるパターンを計算して検証


【大家さんからの質問】
私は、すべての物件を個人名義で所有する専業大家です。不動産利益(生活費や税金を支払う前の利益)は1000万円程度となる見込みです。
不動産管理法人、いわゆる「マイクロ法人」を設立し、個人の不動産収入から不動産管理料を支払う形にしたいと思いますが、節税になるでしょうか?

【東大卒税理士の回答】
マイクロ法人を設立し、個人から不動産管理料を支払う場合、税金ではなく国民健康保険料を大幅に削減することができます。そして、ほとんどのケースにおいて、法人の売上が年間78万~98万円のとき、手取りを最大化することができます。


「マイクロ法人」とは?
個人で不動産を所有しながら、法人を設立し、管理を外注されている方もいるかと思います。このような小さな法人のことを「マイクロ法人」と呼ぶことがあります。正式な法律用語ではなく定義は人それぞれですが、本記事では「社長1人だけの非常に小さな法人」という意味で使用します。

さて、前回までの記事では、個人と法人のどちらが節税になるか? という観点で解説してきました。しかしこれらの他にもう1つ、「個人で不動産を所有しながら、マイクロ法人を設立する」という方法もあります。

マイクロ法人から少額の給料を受け取って社会保険に入れば、自動的に国民健康保険は脱退となります。高額な国民健康保険の支払いがなくなり、手取りが増えることになります。もし配偶者を扶養していれば、配偶者の国民年金の支払いも不要になります。

ではここで、今回の質問者さんの事例を基に、前回の記事で紹介した「法人成りして手取りを最大化する方法」と、「マイクロ法人を設立した場合」とを比較します。どちらのケースで手取りがどれくらい増えるか、計算してみましょう。

なお、不動産管理料は、高額になるほど税務署から過大経費として指摘されるリスクが高まるため、少なめに設定し年間78万円とします。これによって、個人の不動産所得は78万円減少し、マイクロ法人の売上は78万円となります。この場合の税金、社会保険料は以下の表のようになります。

 

 

一番下の「税金・社保合計」の欄を見てください。個人の不動産所得のみでの税金等の負担は333万円、法人成りをして配当+給与で受け取る場合の負担は307万円、マイクロ法人を設立した場合(不動産+給与)は259万円です。個人の不動産所得のみの場合に比べて74万円も手取りが多いうえ、厚生年金になるので、将来もらえる年金も多くなります。法人成りして配当をもらうケースと比較しても48万円も違います。マイクロ法人は、これだけ大きな効果が得られるのです。

マイクロ法人が有利になる利益は?
上記の事例では、不動産の利益が1000万円として計算しましたが、利益がいくら以上であればマイクロ法人が有利になるでしょうか? マイクロ法人に移す利益を78万円(社長の報酬が55万円)とし、それを計算したのが下の表です。なお、社会保険で増加する将来の年金については、第1回の記事で解説していますので、読まれていない方はご参照ください。

 

まず、不動産利益が200万円以上では、単なる個人所有より、マイクロ法人を設立した方が常に有利という結果になります。また、法人成りして手取りが最も多くなるように配当を出した場合と比べても、利益が3750万円以下ではマイクロ法人が有利になります(将来の年金の増加も考慮した場合)。

これは表にはありませんが、年金の増加を考慮しない場合は、利益が5000万円まではマイクロ法人が有利となります。ですので、ほとんどのケースにおいて、節税のみを考えるのであれば、マイクロ法人設立一択ということになります。一般論として、利益が3000万円もあったら、法人成り一択と思いますよね。しかし実は、マイクロ法人に78万円の利益を移すほうが節税になるという驚きの結果です。

マイクロ法人の売上はいくらがベスト?
ここまで、マイクロ法人の売上を78万円(社長の報酬55万円)という前提で説明してきましたが、仮にマイクロ法人の売上(不動産管理料)を自由に設定できるとしたら、いくらにするのがベストなのでしょうか?

まず、個人と法人の間で利益を調整できるのであれば、配当は節税になりません。配当(法人税+配当課税)より、個人所得の方が税金が安いので、配当を出すくらいなら、その分の利益を個人所得に回せばよいことになります。ですので、マイクロ法人の利益は全て社長の役員報酬にするという前提で計算します。

今回の質問者さんのケースでは、不動産利益が1000万円でしたね。ここから支払う不動産管理料を1万円きざみですべて計算してみました。その結果、手取りが最大となるのは98万円でした(下表)。こうすると、役員報酬が年間75万円(月額6万2500円)となり、社会保険料が最低金額になるライン(月額6万2999円以下)をギリギリ下回ることができます。

※マイクロ法人の社長報酬は、社会保険料の会社負担を考慮した上で、法人税支払後の利益がゼロになるように設定しています
ただし、マイクロ法人の利益が78万~98万円の間は、手取りがほとんど変わりませんので、この78万~98万円の間の金額がベスト、と考えていただいても結構です(管理料が過大経費とならないよう、物件が少ないときは78万円を推奨します)。社長の報酬が年間75万円を超えてしまうと、社会保険料がどんどん上がっていきますので、手取りはどんどん減ってしまいます。

なお、このシミュレーションは、会社に経費が一切掛かっていないという前提になっています。実際は、管理業務や節税(例えば社宅)などいろいろな経費が掛かると思いますので、その分の利益も上乗せしなければなりません。結果的に「社長の報酬が年間55万~75万円で税引後利益がゼロ」となるのがベストと考えてください。

せっかく会社を作ったのだから、たくさん利益を移して節税しよう、と考える方が多いですが、節税の観点では誤りです。マイクロ法人は、最小限の費用で社会保険に加入し、国民健康保険料を節減するのが一番のメリットですので、売上は小さい方がよいのです。

もし不動産利益が2000万円だったら?
今回の質問者さんの場合、不動産利益が1000万円でしたが、もし不動産利益が2000万円だったらどうなるでしょうか? それを検証した結果が下の表です。

※マイクロ法人の社長報酬は、社会保険料の会社負担を考慮した上で、法人税支払後の利益がゼロになるように設定しています
将来もらう年金の増加を考えずに、今年の手取りだけを考えると、98万円がベストで変わりません。しかし、年金の増加も含む手取りで比較すると、マイクロ法人の利益が760万円のときに手取りが最大化します。

とはいえ、手取りの差額はわずか6万円ですし、760万円もの不動産管理料を計上すると、過大な経費と疑われる可能性が高くなってしまいます。特に事情がなければ、マイクロ法人へ移す利益は78万~98万円にすることをお勧めします。

もし、所有している不動産が多い場合は、その一部の不動産だけをマイクロ法人に管理させるようにすれば、マイクロ法人の売上を小さくできます。そのようにして売上が98万円以下になるように調整すれば、手取りを最大化することができます。

「マイクロ法人」より「法人成り」が有利になる利益は?
ところで、マイクロ法人の利益を98万円以下にするという方法は、不動産の利益がどんなに大きくても有利なのでしょうか?

今回、不動産利益が2000万円を超えるケースについても、1万円きざみで全てのパターンを計算してみました。結論としては、不動産の利益が3952万円以下であれば、マイクロ法人の利益を98万円にしたときに手取りが最大化します。

不動産の利益が3952万円を超えると、不動産をすべて法人で所有し、個人事業で不動産管理した方が有利となります。いわば「マイクロ個人事業」ですね。その個人事業の利益を65万~290万円にしたときに手取りが最大化します。

また、年金の増加を考慮した場合は、不動産の利益が3395万円以下であれば、マイクロ法人の利益は760万円がベスト。3395万円を超えると、上記の「マイクロ個人事業」の方が有利になります。

通常の法人成りより、「マイクロ個人事業」を併用した方が手取りが多くなるのは、青色申告特別控除によって、65万円分の所得をゼロにできるからです。また、290万円が上限なのは、290万円を超えると事業税の対象となり、個人所得が不利になるからです。なお、今年から、65万円控除を使う(事業所得と認められる)ためのルールが若干厳しくなりますので、注意が必要かもしれません。

個人と法人の利益配分はどうすべき?
さて、個人と法人の間で利益を調整できるとすれば、利益を半々にすれば一番節税になるというイメージをお持ちの方もいらっしゃると思います。しかし、実際はどうでしょうか?

参考として、不動産利益が4000万円のときに、マイクロ法人へ移す利益(横軸)と、手取りの総額(縦軸)の関係をグラフにしてみました。なお、利益が2000万円でも3000万円でも、途中までは同じような形になります。

 

※マイクロ法人の社長報酬は、社会保険料の会社負担を考慮した上で、法人税支払後の利益がゼロになるように設定しています
マイクロ法人の利益が1808万円を超えると、社長の報酬が1626万円以上となり、社会保険料が頭打ちになります。これ以上は、どれだけ報酬を増やしても社会保険料は変わりません。一方、役員報酬に対する税金は、不動産所得より若干安い(事業税がない)ため、法人の利益を増やした方が手取りが多くなります。

さらに法人の利益を増やしていくと、法人の利益が3710万~3935万円のときに、手取りが最大となります。このとき、個人の利益は290万~65万円となります。

このグラフを見ると、利益4000万円の人が2000万円を法人に入れて役員報酬を貰い、残り2000万円を個人所得にすると、手取りが最低レベルになってしまいますね(社会保険料も事業税もたっぷり払う)。

中途半端に個人と法人に利益を分けるより、どちらかにほとんど寄せてしまって、もう片方は「マイクロ」とするのがお得なのです。

結局、どうするのがベスト?
税金や社会保険料の削減という観点では、ほとんどの場合においてマイクロ法人がベストという結論になってしまいます。しかし、法人のメリットは節税ではなく、資金繰りや融資対策にあると私は考えています。

不動産投資を行う際は、節税よりむしろ資金繰りや融資対策を重視するケースも多いと思います。このような場合、役員報酬を少なく(またはゼロに)して、配当をもらう代わりに内部留保します。これについては、また改めてコラムで解説していく予定です。

最後に、通常の法人とマイクロ法人の比較を表にしましたので、ご参考にしてください。

個人所得、法人、マイクロ法人の比較
(税理士・斎尾裕史)
 
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テリー隊長

コラムニスト

16時間前(編集済み)
私は、サリーマンをFIREしてからは、個人所得+マイクロ法人(年報酬72万円)でやっています。一番節約タイプですね。ただし、今回、議論されていない技を使っているので斎尾さんが説明する前に明かしてしまいますね・笑

うちには非常勤役員が3人いて(妻と2人の子供)役員報酬を私以上に出しています。非常勤役員の役員報酬には社会保険料がかかりません。3人共、本業があるので社会保険料はそちらで払っているので、健康保険と厚生年金にはそちらで加入しています

よく、法人化するときに、副業がバレないように奥様を社長にする方が多いですが、社長は非常勤扱いにならないので、報酬をもらえば社会保険料の支払義務が生じます。そのため、奥様の報酬は0円とされる方が多いです。皆さん、ご事情があるとは思いますが、できることなら、ご自身が社長になり、奥様は非常勤するほうがぜんぜんお得ということです

返信217
 
 
 
 
石原博光

コラムニスト

14時間前(編集済み)
「現行制度」における大家にとってベネフィットの最大効率を目指す考え方について、マイクロ法人の売上(個人→不動産管理料)は78~98万円をお勧めする理由がとてもわかりやすく、ご教示をありがとうございました!税務の専門家による、大家という立場に向けてのこうした解説はとても得難いゆえに大変ありがたい限りです。これら知見を元に再構築を決心される読者様も多いと思いますが、一方で他の方のご指摘にあるように複数格の運用は報酬や他に付随する費用もかかり、かといって事務所の変更は引き継ぐものも多く精神的にもハードルは高いのかも知れません。個人的には我々素人には及びもつかない税務調査の視点について等、もしもご機会があればぜひご教示いただきたいと願っております

返信18
 
 
 
 
melm954938

20時間前
 マイクロ法人による社会保険料の圧縮は、あまりにも広く知られすぎました。年金機構は国税ほど俊敏に動く組織ではないですが、まるっきりのバカではない。そのうち対策されると覚悟しておいた方が良いでしょう。

 少しく妄想すれば、マイナンバーカードと健康保険証が一体化することで、税と社会保険の連携が進む可能性があります。繰り返しますが、単なる妄想です。(笑い)

返信47
 
 
 
 
akak860233

22時間前
法人にすると税理士費用として年間60万円程度かかりませんか?また税務調査も増えます。
また会社のお金は個人で自由に使えません。
1千万の利益だと個人事業主で青色申告の方が断然良いと考えます。

返信33
 
 
 
 
mida61653

7時間前
年金は60歳で国保税はなくなり厚生年金は70歳まで、健康保険は65歳からは介護保険が切り離され、75歳では後期高齢者として健保が切り離される。
このように社会保険もマイクロ法人スキームが潰される可能性がないわけではないと思う。
所得+マイクロ法人がの手取りが増えたとしても、会社分は事業にしか使えない。会社に金がなければ代表者が用立てないといけなくなるのでそこそこの売り上げと利益がないと厳しいのではないかと感じる。
社会保険料のみに特化した記事と理解する必要があると思う。

返信10
 
 
 
 
llc

8時間前
各人おかれている状況が違うので、個々人でシュミレーションするのがいいと思いますが、分かりやすくて良い記事だと思います。

次回以降も楽しみにしています。

返信00
 
 
 
 
winc36177

6時間前
あちゃーまたこんな余計な事を書くとはまた、当局とのイタチごっこかな?40代ならともかく50代でマイクロ法人起業はまずい。あと10年やそこいらで年金が。個人なら不動産収入は年金減額にはなりませんが、法人から家賃を給料や役員報酬としてもらっているならかなり不味いのよね。

 

 

みなさま初めまして。税理士の斎尾裕史と申します。

東京大学農学部を卒業後、仏教講師を経て10年前に税理士事務所を開業しました。現在は法人130社、個人事業100社の顧問をしております。

気になることは徹底的に計算する性格のため、節税についても疑問があると、色々なパターンでシミュレーションを作成しています。すると、「常識」と思っていた「節税対策」が実は間違っていたと気づくことが多くありました。

本当に手取りを増やすにはどうしたら良いのか─。これを昨年、「節税の新常識」と題して出版したところ、大変好評をいただきました。今回、コラムを書かせていただくに当たっては、不動産投資に役立つよう、さらに内容を吟味して執筆させていただきます。どうぞよろしくお願いします。

今回は、法人で不動産投資をする大家さんが、「役員報酬」をいくらに設定すると最も手取りが増えるのか、というテーマで解説していきたいと思います。以下は、よく寄せられる大家さんからの質問と、その回答です。


【大家さんからの質問】
私は、すべての物件を法人名義で所有する専業大家です。不動産利益(社長の人件費や税金 を支払う前の利益)は1000万円程度となる見込みです。法人税を節税したいので、利益を可能な限り役員報酬として受け取ろうと思うのですが、その場合どのぐらい節税になるでしょうか?

【東大卒税理士の回答】
結論から言うと、その方法はオススメできません。利益が減って節税ができても、社会保険料が高くなって手取りが減ってしまうからです。


どういうことなのか、以降で詳しく見ていきましょう。なお、本記事は以下の前提で執筆しています。

社長…40歳以上、基礎控除・社会保険料控除以外の控除は無し
法人税…法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税、特別法人事業税のこと
所得税等…所得税、復興特別所得税のこと
健康保険料率…11.8%で計算(介護保険料を含む)※都道府県で異なる
厚生年金保険料…18.66%で計算(子ども・子育て拠出金を含む)
手取り…毎年同じ数字が続いたときの手取り(収入や所得が変動すると、住民税や社会保険料は時期がずれて変動するため、合わなくなる)

「社会保険料」という盲点
法人で不動産投資を行う場合、会社から社長個人に支払った役員報酬は経費となるため、節税になるケースがあります。このことは、みなさんもご存知でしょう。

ただし、冒頭で紹介した大家さんのように、利益をすべて役員報酬にするような節税策はオススメできません。詳しくは追ってご説明しますが、役員報酬を増やしすぎると、健康保険料や年金保険料が高額になってしまうためです。

では、役員報酬をいくらに設定すれば、最も手取りが増えることになるのでしょうか? 

私はこの答えを出すために、役員報酬が0円から1000万円までの1001通りの場合について、所得税等、住民税、法人税、社会保険料を計算しました。

その結果、もっとも手取り額が増えるのは、役員報酬を年額111万円とした場合だということが分かりました。月額にすると9万2500円ですね。役員報酬を最大まで支払う場合と比べて、下表のとおり57万円も手取りが多くなる計算です。

 

左の表のとおり、利益が1000万円の場合、健康保険料や年金、法人税等(合計364万円)を差し引くと、社長に支払える役員報酬は最大867万円となります。ここで注目していただきたいのが、社会保険料の高さです。

このように税金が118万円であるのに対し、社会保険料は246万円と、税金の2倍以上の社会保険料を払っていますね。最終的な手取り額を増やすためには、この社会保険料を何とかしなければなりません。そのためには「役員報酬を、とことん下げればよい」ということになります。

役員報酬を月額9万2500円まで下げれば、社会保険料は年間32万円になります。上表の2事例の比較では、232万円も削減できていますね。

 役員報酬を減らして「配当」で受け取る
一方で、役員報酬が安すぎると「それじゃあ生活できないではないか」という指摘もあるかと思います。確かに、その通りでしょう。

そこで、法人税を払ったあとの利益を「配当」として支払うのです。先に示した表でも、税引き後利益の669万円を配当として受け取っていましたね。

そもそも配当とは、法人税を払ったあとの利益を、株主に還元することです。ほとんどの小規模会社は社長が株主ですので、ここからは社長が100%株主であるという前提でご説明します(合同会社の場合は社長が100%出資となります)。

配当は法人税の経費にはならないため、配当を計上しても節税にならないと考えている人が多いかもしれません。しかし、配当収入は社会保険の対象とならないため、社会保険料の節減になるのです。

法人所得が800万円以下であれば、法人税の実効税率は約21~23%です。社会保険料は約30%ですので、この場合は法人税を支払った方が安くつくことになります。

 

さらに、配当には「配当控除」という控除があります。所得税等と住民税で13.01%が税額控除されます。そのため、税額はそこまで高くなりません(課税所得1000万円超の部分は6.505%)。

先ほどの例では、結果的に増えた税金は157万円、減少した社会保険料が232万円ですから、差し引きで手取りが57万円増えました。役員報酬を減らして配当でもらえば、手取りが増えるのです。

年金はどれくらい減る?
社会保険料(厚生年金保険料)を大幅に削減してしまうと、将来もらえる年金が減って、結局損をするのではないか? と思う方もいるかもしれません。実際はどうなのでしょうか。年金の計算方法は決まっていますので、計算してみましょう。

まず、支払った厚生年金保険料を65歳からの受給で回収するには32.2年かかります。男性の平均寿命は81歳ですので、仮に平均寿命までしか生きられなかった場合、その半分しか回収できません。一般的に年金が、「平均寿命まで生きれば元が取れる」と言われているのは、会社負担分を無視しているからです。

では、手取りベースで支払った年金保険料の半分が回収できるかというと、実際にはこれに所得税や住民税もかかります。さらに、厚生労働省の「2019年財政検証結果レポート」によると、年金支給水準は将来3割程度も低下する見通しです。

私はこれらを勘案して、40代くらいの経営者であれば、支払った年金保険料の3割程度しか回収できないと考えています。その根拠は、以下の通りです。

50%(※1)×85%(※2)×70%(※3)=29.75%
※1:平均寿命までしか生きなかった時の年金の回収率
※2:税金を15%と仮定した場合
※3:将来年金支給水準が3割減少した場合

仮に、支払った年金保険料の3割が回収できるとすると、将来もらう年金の増加額も含めた手取りは以下のようになります。今の手取りと将来の手取りの合計でも、役員報酬は111万円がベストということになるわけです。

 

役員報酬の金額によって、手取り合計はどうなる?
今年の手取りと、将来の年金の増加額の合計を「手取り合計」と呼ぶことにします。手取り合計も、1001通り計算しました。その結果をグラフにしたのが以下の図です。

社会保険料が段階的に増加するため、グラフがギザギザの形になっています(報酬月額=年額÷12で社会保険料を計算)。

 

役員報酬が111万円のときが最大で699万円の手取りとなりますが、役員報酬が400万円以下であれば大きな違いはありません。内訳として、役員報酬が少ないほど今年の手取りが多くなり、役員報酬が増えるほど、将来の年金の割合が増えていきます。資金繰りを優先するのであれば、役員報酬は少なめに設定した方がよいと思います。

また、役員報酬が少ないほうが、会社の損益計算書上の利益は大きくなります。そういう意味で、決算書の見栄えはよくなります。利益をすべて社長に払っているという実態は同じですが、大幅な黒字企業に見えるのです。

なお、役員報酬をゼロにしてしまうと、社会保険を脱退して国民健康保険・国民年金に切り替えることになります。国民健康保険は配当収入が多いと高くなるため、手取りは大幅に減ってしまいます。そのため、最小限の社会保険料は支払ったほうが有利になります。

不動産利益が500万円や2000万円の場合は?
みなさんの中で、冒頭の例のように不動産利益がちょうど1000万円という方は少ないと思います。もし、不動産利益が500万円や2000万円だったときは、役員報酬をいくらにするのがベストなのでしょうか?

これも、不動産利益が100万円から3000万円までの全てのパターンを計算してみました。その結果の一部をまとめたのが以下の表です。

 

表を見て分かるように、不動産利益が1000万円までであれば、役員報酬を75万~275万円にするのがベストになります。75万円~275万円の手取りの差はほとんどありませんので、「111万円にしておけばよい」と理解されても結構です。

なお、不動産利益が1000万円を超えると、税引前利益が848万円程度になる役員報酬額がベストになります。税引前利益が概ね848万円を超えると、事業税を引いた法人所得が800万円を超えてしまい、法人税率が跳ね上がるからです。法人所得800万円以下の法人税実効税率は約23%ですが、800万円を超えると約34%となります。社会保険料は役員報酬の30%程度ですから、法人税の方が高くなりますね。そのため、法人所得が800万円を超えないように、役員報酬を調整していくのがベストとなります。

また、利益が2000万円(厳密には2040万円)を超えると、利益をすべて役員報酬でもらうのがベストとなります。これは、ある一定額を超えると、配当に対する税金の方が高くなってしまうことが原因です。ここでは、具体的な計算は複雑になってしまいますので割愛します。

このように、不動産の利益によって、役員報酬の金額の設定方法は変わるのです。

まとめ
決算前になって、「利益が400万円も出てしまいます! どうしたらいいでしょうか?」と駆け込んでくる社長さんは多いです。法人税を払うことが損だと思い込んでいるのですね。

例えば、もし利益が400万円で、役員報酬を800万円もらっているのであれば、役員報酬を減らして会社の利益に回した方が有利です。つまり、利益が少なすぎるのです。

800万円以下の法人所得は、「21%~23%の法人税を払えば、30%の社会保険料を免除される特別枠」みたいなものです。この枠を使い切らないのはもったいないですね。

ところが法人税を減らすために、使いもしない中古のベンツを買ったりして、無駄遣いをする社長が多いのです。

23%以下の法人税はニッコリ笑って納税し、それを超えそうなときは役員報酬を増やすなり、ベンツを買うなりの対策を考えるのが、手取りを多くする秘訣なのです(不動産利益が2000万円以下の場合)。

なお、配当を出すためには、事前に内部留保がなければなりません。実際に上記のやり方に移行するには、他にも少し知識が必要になりますので、税理士に相談することをオススメします。

(税理士・斎尾裕史)
 
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テリー隊長

コラムニスト

2022.9.4
ちなみに私は役員報酬「72万円」の社長(専業大家)です。この記事の説明の通り、社会保険料会社負担と個人負担を最も少なくすることが狙いです。健康保険と厚生年金の支払いはたった年10万円ぐらいですみます
では、この記事でも問題になった「これじゃ生活できないよ!」についてはどうしているのでしょうか?「配当」はもちろん、もらっていません。これについては、個人事業での不動産賃貸業があるので、そちらの不動産収入で暮らしています
役員報酬がある場合、個人事業でいくら収入が多くても、社会保険料の金額は増えないという仕組みがあるからです
資産の拡大と節税を狙っていきなり法人から不動産投資を始める方が多いですが、私のように個人事業と法人のバランスを取りながら拡大していくのが一番実入りがよいオススメの方法です
私の方法とは少し違いますが「マイクロ法人」という手法もありますので興味のある方は検索してみてください

返信536
 
 
 
 
real71742

2022.9.4(編集済み)
とても参考になる記事、ありがとうございます。今後、専業になる際に思い起こして報酬を調整しようと思います。
サラリーマン兼業大家の間は、社会保険で面倒なことになるので、役員報酬0円一択と思っています。
我が家は共働き会社員なので、一方がリタイアしても役員報酬をもらわず、相手方の扶養に入ったほうが良さそうだと試算しています。


返信216
 
 
 
 
kazu21599

コラムニスト

2022.9.4(編集済み)
なるほどです。
現在月10万の役員報酬を取っていますが、ほぼベストに近い状態だということがわかりました。

返信014
 
 
 
 
石原博光

コラムニスト

2022.9.5
サンプル_不動産利益1,000万円における役員報酬を最大にした時の「税金」と、税金の2倍以上に達する高い「社会保険料」の結果、もらいが少なくなる実態と、最終的な手取りを最大化する「役員報酬額」について大変勉強になりました。また同条件下における、社会保険料を下げる度合いによって将来もらえる年金の手取りについては、段階的に増える社会保険料と減少見込みの支給水準、そして寿命など掛け合わせた考察までもご教示くださり、ありがとうございました。40代の経営者が法人と個人で支払った社会保険料を回収するには、平均寿命までだとわずか3割という数字には驚きました。実際には①事業規模②家族構成③経費の使い勝手による便宜④寿命などによって最適解もそれぞれですが、本記事のおかげで、それを導き出すことが難しくてパッシブな義務の履行となっている自分を含め、多くの皆様の助けとなることと存じます。

返信110
 
 
 
 
taka254220

2022.9.4
勉強になりました。
手残り最大にするにはと、自分で計算を何度試みたことか。
結局知識不足と煩雑さに負けてざっくりでした。


返信07
 
 
 
 
ゆうきち

2022.9.7
大変為になる記事をありがとうございます。また書籍のほうも拝読させて頂きました。
「社長の手取り合計が最大になる金額表」に関しまして、利益を全額個人に移す前提だと思いますが、現実的にそのようなことをする方は少ないように思います。
多くの方の関心事として、利益が十分ある状態で(例えば1,000万、1,500万、2,000万円など)、一部内部留保し一部個人に移す際にどうするのが最適なのか、最適とは言わないまでも一つの指針みたいな具体例、があると思いますので次回以降ご解説頂ければ大変助かります。
改めまして、大変ためになる記事のほう、ありがとうございました。

返信34
 
 
 
 
mida61653

2022.9.5
私も年額72万円です。個人事業による収入があるので生活できます。
これとは別に会社で企業型DCを導入していて年66万円個人に移しています。
オーナー社長は社会保険料30%負担は大きいと思います。サラリーマンと違ってコントロールできるのはメリットと思います。


返信34
 
 
 
 
芦沢晃(区分投資家)

2022.9.5
法人の役員報酬、年金、健康保険、配当の精緻な計算による実例、非常に参考になりました。年齢的にスタートが遅く、区分物件で入門されたサラリーマン兼業大家さんは個人規模で定年を迎えられる方も多いと思います。その場合、会社の健保に残るか、国民健保に何時切替えるか?早めに組合健保の仕組み調査をお薦めします。税理士の先生に相談するレベル規模でもない割に面倒です。組合健保のルールは会社毎に複雑で、総務人事業務は合理化でアウトソースされ社外。ルールと負担額調査に非常に苦労します。扶養、負担割合、定期健診支援補助の有無、将来の切替可否等など・・・国民健保も役所窓口のガードが堅く、退職後、年収確定後に来てくださいの「鶏と卵」・・・初心者レベルですが備えあれば憂いなしです。平日日中に限られるもの大変です。個人の場合、法人より総額規模が小さい分、僅かな負担差が大きく響きます。記事から少々外れますが、ご参考まで。


返信03
 
 
 
 
MOLTA

2022.9.4
役員報酬と配当との相関関係を分かりやすくまとめて下さり、ありがとうございます。
次回(があれば)、役員報酬を更に月額報酬と事前確定特別賞与に分け、それぞれの配分を変えた場合の比較についても、是非お願いしたく思います。
ちなみに、自分はまだ法人を成長させる目的で内部留保を極大化したいために、役員報酬も配当も受け取っていません。
個人で保有する不動産その他の収入で生活は賄っています。
このあたりのバランスも、金融機関によって考え方は様々です。役員報酬を取っていなくても、行内で補正として売り上げに応じた適正(と金融機関が判断する)報酬額を設定するが、その作業も手間なのでちゃんと取ってほしいと言われたこともありますw 
節税という観点以外にも、そうした、お付き合いのある金融機関の声も聴きつつ、法人をどう育てたいか?という視点からも、報酬と配当の設定は必要と思っています。

返信13
 
 
 
 
紅富士

コラムニスト

2022.9.6
詳細な分析、ありがとうございます。
私は子供がいるので、サラリーマン退職後、子供の会社の健康保険に入ることも検討しています。この場合、個人の不動産所得を減らす必要がありますが。これも、ありでしょうか?

返信22
 
 
 
 
みちくさHD(仮

2022.9.6
コメント返しに
>合同会社の方が配当を出すには便利です。


所有する不動産賃貸などで利益を上げて配当を出す…というビジネスモデルであれば、合同会社の方が適しているのかなと改めて思いました。

数年前ITエンジニアの個人事業を法人成りする時に、法人形態をどうするか顧問税理士に相談したのですが、「合同会社は信用されにくい。資産管理会社などでもない限りお勧めできない。」といった具合に言われ、株式会社にしました。


事業と不動産投資。同じ会社でやった方が良いのか別々の会社の方が良いのかも悩ましい所です。

返信12
 
 
 
 
grei124047

2022.9.5
うちは株式会社ではなく、合同会社でやっているので、配当が出せない。

返信142
 
 
斎尾裕史

コラムニスト

2022.9.5
コメント有難うございました。
合同会社では配当を出せないというのは誤解です。むしろ合同会社の方が、配当を出すには有利です。

合同会社が配当を出す場合、次のメリットがあります。
① 純資産が300万円以下でも配当が出せる
② 利益準備金を計上しなくてよい
③ 出資割合に応じない配当を出すことも可能

税務上の扱いは、株式会社と全く同じです。よろしくお願いします。

10
 
 
grei124047

2022.9.5
すごくためになります。
今のところ、利益が生じていない状態ですが、後々の参考になります。
ご返信ありがとうございます。

2
 
 
mida61653

2022.9.11
配当は有利なのでしょうか?
100の利益、税金30、70の剰余金。
非上場会社の場合、配当は総合課税。
なので最高税率だと元の1/3水準になってしまう可能性。
上場会社株の損益とは通算できないので抜け道はなさそうに感じます。
なので当社は配当は出しておりません。

0
 
 
grei124047

2022.9.11
配当の源泉徴収税なども考える必要があるんですね

0
 
 
斎尾裕史

コラムニスト

2022.9.11
本文中にも書かせていただきましたが、配当を出すことが手取りの増加に繋がるのは、利益が2040万円以下のケースに限られます。
それを超える利益が出ている場合は、高額の役員報酬を出すか、内部留保して所得が減少したときに配当する、またはM&Aが出口になるかと思います。

0
 
 
mjun188260

2022.9.23
はじめまして、非常にためになる記事をありがとうございます。教えていただきたいのですが、不動産賃貸業で合同会社を設立し、その会社より月6万程度の給与を受け、最低報酬月額で社会保険(厚生年金、健康保険)に加入したとします。この場合において、会社の給与とは別に非常勤医師としての給与は(勤務先は全て非常勤であり、非常勤先では社会保険に加入しないと仮定します)、会社からの給与に合算して報酬月額としてカウントしなくてはならないのでしょうか?それとも、社会保険の支払いは会社の給与のみに対する支払い請求に基づいて支払えば法的に問題あるとは言えない、と解釈することは可能でしょうか?


0
 
 
grei124047

2022.9.23
それすごく気になります。一物件一法人でやれば、一つの法人で最低報酬月額にして、ほかの法人からは社会保険に加入しないということができてしまうことになります。かつて勤めていたところの役員が、ほかで保険に加入しているといって、加入しなかったことを思い出しました。

0
 
 
斎尾裕史

コラムニスト

2022.9.23
私の場合ですと、自分が代表のマイクロ法人で月6万円の報酬で社会保険に加入しています。これ以外に、他社の非常勤役員で月8万円の報酬を得ていますが、社会保険料には加算されていません。個人事業の収入も、もちろん加算されません。最小限の社会保険料で済ますには、これがベストだと思います。

会社をたくさん作って収入を分散する場合、自分が代表者の会社は、すべて合算しなければなりません。どうしても社会保険料の対象から外したいのであれば、配偶者を報酬ゼロの代表にし(報酬ゼロなら社保加入は無し)、自分は非常勤役員として報酬を取るという方法が考えられます。

以前は社保の加入の調査が緩かったので、代表者でも加入(あるいは合算)していない人が多く見られましたが、最近は厳しくなっているので、そういう人は少なくなっていると思います。

0
 
 
mjun188260

2022.9.25
斎尾裕史様
お世話になります。大変詳細にご返信いただきまして誠にありがとうございます。下記に関しまして教えていただきたいのですが、
①斎尾様が頂いているマイクロ法人以外の報酬である「他社の非常勤役員で月8万円の報酬」とは”雇用契約に基ずく給与所得”でしょうか?それとも”業務委託契約に基ずく報酬”でしょうか?

②仮にマイクロ法人での報酬以外の、非常勤給与が雇用契約に基ずく給与所得であるとしても、社会保険料の報酬月額(マイクロ法人における)には合算する必要は無い、との考えで現時点では必ずしも問題とはならない、との解釈でよろしかったでしょうか?

度々で恐縮でございますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

0
 
 
mjun188260

2022.9.25
斎尾裕史様
追伸ですいません。

個人的な考えですが、もしも、報酬月額の計算式に、マイクロ法人の報酬に非常勤給与(雇用契約に基ずく給与所得)を加えなくてはならないとしたならば、ここ最近行われている”勤務先の会社以外での副業推奨”は会社にとって社会保険料の負担増額となってしまい、その折半分は会社の損失(負担)となってしまいます。

副業の収入は社会保険の報酬月額には合算されないからこそ、”勤務先の会社以外での副業推奨”がなりたっているのではないのかな?と推察いたしますが、ご意見賜れば大変幸いでございます。

お忙しい中、詳細にご丁寧に御回答賜りました事、感謝申し上げます。

0
 
 
斎尾裕史

コラムニスト

2022.9.25
①役員は法律上、委任契約ですが、役員報酬は税金や社会保険においては給与と同様に扱われます。

②非常勤役員が社会保険の対象となるか(非常勤と認められるかどうか)は、最終的には実態に応じて年金事務所が判断することになります。月に8万円程度の報酬で、常勤かどうかを問題にされる可能性は低いですが、絶対に大丈夫という基準はありません。

0
 
 
斎尾裕史

コラムニスト

2022.9.25
一般的に、会社の正社員が副業するとすれば、他社でアルバイトとして働く(週に20時間または30時間未満の勤務時間であれば社保対象外)か、フリーランスで働くケースが殆どです。社会保険料が合算となるのは、法人を設立し、かつ常勤役員(代表者)になる場合だけです。かなりレアなケースになると思います。

もし、副業で会社を設立し、社会保険に入った場合は、社会保険料の会社負担は本業の会社と給与額に応じた按分計算をします。本業の会社の立場では、それによって社保の負担額が増える場合と減る場合があります。

手続きや給与計算が面倒になるので、歓迎されないと思いますが。

0
 
 
grei124047

2022.9.25
②常勤・非常勤の区別は、最終的に年金事務所が判断というのが厄介ですね。
不動産賃貸は毎日出勤していようが、いまいが、家賃収入が入ってきてしまうので、8万円以上の大きい金額の場合タイムカードなどがあればいいのでしょうか。

0
 
 
斎尾裕史

コラムニスト

2022.9.25
年金事務所の調査については、私は専門外になりますので、調査立会の経験が豊富な社会保険労務士にご相談されることをお勧めします。

 

 

盲点は「社会保険」、手取り金額で考える法人化の最適解
節税目的で法人成り、場合によっては手取りが減ってしまうことも
税理士・斎尾裕史
161
35 コメント
2022.10.10
[プレミアム]
PHOTO:EKAKI/PIXTA
こんにちは。税理士の斎尾です。

9月4日に公開した記事『大家さんの手取りが最大化する「役員報酬額」はこれだ』は多くの方から大変な反響をいただきました。お読みいただき、ありがとうございました。今回は、前回の記事に関連した内容となりますので、読まれていない方はぜひ、前回の記事もご覧ください。

今回のテーマは、「法人成りの損益分岐点」です。前回同様、よくある大家さんからの質問を例に挙げながら解説していきます。


【大家さんからの質問】
私は、すべての物件を個人名義で所有する専業大家です。不動産利益(生活費や税金を支払う前の利益)は1000万円程度となる見込みです。
法人を設立し、利益を役員報酬という形でもらえば、給与所得控除の対象となるため節税になるでしょうか?

【東大卒税理士の回答】
利益を役員報酬でもらうことを目的に法人成りをすると、社会保険料が増えるため、かえって手取りが減ってしまいます。しかし、利益を配当という形でもらうことによって、個人事業よりも手取りを多くすることができます。


どういうことなのか、以降で詳しく見ていきましょう。

個人事業より会社の方が税金が安い?
個人事業から法人成りして、利益を役員報酬にすると、税金が安くなると言われます。本当にそうなのでしょうか? 実際に計算してみましょう。以下の表をご覧ください。

※国民健康保険の保険料は市町村によって異なりますが、所得の10%として計算しています
不動産利益(社長の人件費や税金 を支払う前の利益)が1000万円だとしましょう。表左の個人事業主の場合、1000万円の利益に対し、個人事業税が34万円、所得税等と住民税が182万円、合計216万円の税金がかかります(消費税は除く)。

一方表右のように、これを会社の利益として、最大限の役員報酬を支払った場合はどうでしょうか。この場合、年間の役員報酬は867万円、事業税はゼロで、所得税等と住民税を合わせても118万円しかかかりません。つまり、役員報酬の方が約100万円も税金が安いことになります。

これだけ見ると、「よし、さっそく会社を作ろう!」と思いますよね。しかし、会社にすると社会保険に入らなければならない、ということを忘れてはいけません。

表を見ていただければ分かるとおり、健康保険や年金にかかる費用は、個人事業が117万円であるのに対し、役員報酬だと246万円もかかります。129万円の出費増となりますので、トータルでの手取りは31万円のマイナスです。

不動産事業に限らず、一般的に利益が1000万円にもなると、節税のために法人成りを勧められます。しかし、普通に法人成りをすると、このように逆に資金繰りが悪化してしまうことがあります。従業員を雇っていれば、従業員の社会保険料も半分負担しますから、それだけで経営難に陥る可能性もあるのです。

社会保険料を低く抑えるには?
個人事業から法人成りすると、社会保険に加入しなければならないため、かえって手取りが減少してしまうケースがあることをご説明いたしました。では、法人成りはやめた方がよいということなのでしょうか?

実は、前回の記事でご紹介した「役員報酬を減らして配当で受け取る」方法を取ることで、法人成りによって手取りを増やすことができます。

前回の記事で検証しましたが、不動産利益が1000万円のとき、最も手取りが多くなるのは役員報酬が年間111万円(月額9万2500円)のときでしたね。では、この場合と比較してみましょう。

 

 

個人事業の場合、税金は216万円です。法人で役員報酬を111万円にした場合は275万円ですので、比較すると59万円のアップです。一方、健康保険や年金に掛かる費用は85万円以上減少します。差し引き26万円も手取りが増えました。

法人成りしたにも関わらず、税金が大幅に増えることに違和感があるかもしれませんが、あえて税金を多く支払うことが、手取りを増やすこともあるのです。

年金も考慮した手取りはどちらが多いか?
社会保険料の中には、厚生年金保険料が含まれます。これを多く支払った分だけ、将来の年金の受給額も大きくなります。ちなみに私は、会社負担も含めた年金保険料のうち、回収できるのは30%程度だと予想しています。これについても、前回の記事をご覧ください。

さて、個人事業主は国民年金にしか加入していませんので、社会保険料を支払えば受給できる年金が増える、ということはありません。では、年金の受給額の増加を含めた手取りは、どのように変わるでしょうか。以下の表をご覧ください。

※男性の平均寿命(81歳)まで生きた場合の年金の増加額
今年の手取りと年金の増加額の合計を「手取り合計」とした場合、上記の表の金額となります。個人事業と比べて、役員報酬が111万円のケースは32万円も有利になりますね。役員報酬が867万円の場合でも、個人事業より若干有利になります。

ところで、国民年金の保険料は月に1万6590円です。一方、報 酬が111万円だと、厚生年金保険料は月に1万6104円(会社 負担含む)ですので、国民年金より486円安くなります。国民年 金より安いのにも関わらず、将来もらう年金は厚生年金の方が6万 円も多くなるという、不思議な仕組みとなっています。

さらに、配偶者の給料が130万円未満であれば、配偶者を扶養に入れることによって、健康保険も年金の支払いもゼロになります。少額の役員報酬であれば、社会保険はかえって有利になるのです。ただし、配偶者を扶養に入れるには、配偶者の収入が社長の収入(役員報酬以外の収入も含む)の半分未満である必要があります。

手取り合計はどちらが多いか?
さて、ここまで読んだ方は、不動産利益がいくらになったら法人成りが有利になるのか、気になりますね。

世の中には、「利益が○○万円になったら法人成りすべし」といった都市伝説のような言説がたくさんあります。しかし、社会保険料を考慮して法人成りの損益分岐点を計算しているケースは少ないのではないでしょうか。それを計算したのが、以下の表となります。

※「年金の増加を含む手取り」を最大化する報酬額に設定
将来もらう年金の増加も含めて考えると、利益500万円のときに手取りが368万円で並びますので、損益分岐点になりそうです。しかし、これでは当面の資金繰りは悪化することになります。手許の資金に余裕があって、とにかく生涯の手取りを増やすのが目的であれば、500万円を目安に法人成りしてもよいかもしれません。

しかし、将来の年金はもらえるか分かりませんし、当面の収入だけ考えて判断したいという方も多いと思います。年金の増加を考慮しないときの損益分岐点は以下のようになります。

※(今年の)手取りを最大化する報酬額に設定
こちらの表を見ると、不動産利益が600万円以上のときに、会社の方が有利になりますね。現在の手取りベースで考えると、利益600万円が法人成りの損益分岐点になると思います。

ところで、法人成りで増える手取りを見てみると、利益が1500万円のとき、たった22万円です。会社の決算を税理士に頼んだら赤字ですね。さらに、利益が2000万円だと手取りはマイナス21万円となります。

利益が大きいからといって、必ずしも節税効果が大きくなるわけではありません。国民健康保険料(介護保険料を含む)は102万円が上限ですが、健康保険料は200万円程度まで増えていきますので、高額所得者にはむしろ個人事業のほうが有利になる場合もあるのです。

結局どうしたらいいのか?
まず、「法人成りをして、利益を役員報酬でもらう」という方法では、手取りが減る場合がある、ということがお分かりいただけたと思います(利益が2500万円以上の場合を除く)。

そこで社会保険料を抑えるために、「役員報酬を減らして配当で受け取る」という方法をご紹介しました。これによって少し手取りを増やすことができますが、それでも個人事業に比べて手取りが大幅に増えることはありません。では、会社を設立することで、節税することはできないのでしょうか。

実は「個人事業」「法人成り」以外に、もう1つの方法があります。それが「個人事業と会社の併用」です。いわゆる「マイクロ法人」と言われる手法ですが、これによって劇的に手取りを増やすことができます。これについては、次回のコラムで詳しく解説したいと思います。

 (税理士・斎尾裕史)
 
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テリー隊長

コラムニスト

2022.10.10
不動産投資における「法人化」のタイミングについて、単に「個人所得税の税率」と「法人税の税率」だけを比較しているネットの記事をよく見る。あまりにも稚拙だと感じる理由は「社会保険料」の計算をせずに結論を出しているから
一方、この記事は、「社会保険料」に切り込んでいるが、あくまでも「専業大家」が前提の議論であり、おそらく、楽待新聞の読者の大部分を占めるサラリーマンの副業に対する答えは得られていない
サラリーマンの副業の場合は
①サラリーマンの所得
②不動産所得
③役員報酬
の3つの所得のバランスを取らないといけないという更に複雑な方程式を解く必要がある
是非とも《東大卒税理士さん》に答えを示したいただきたい

返信424
 
 
 
 
おやじぃ

2022.10.11
 サラリーマン兼業大家です。 非常に為になる記事有難うございます。
 来年から法人でも物件保有始めますが、サラリーマンとして働いてるうちは社会保険料や給与の税率もあり、役員報酬無しで法人に内部留保しようと考えてます。
 色々調べての結論ですが、この考えで正しいのか不安も有りますので、引き続きこのような記事は有難いです。

返信114
 
 
 
 
石原博光

コラムニスト

2022.10.11
前回は「社会保険料の節減」を考慮した包括的な手取りの考え方について、利益の量に応じて役員報酬よりも配当(配当収入は社会保険の対象とならない)でもらう方が良いシナリオや、2040万円を超える場合は利益を全部役員報酬でもらうことが合理的であるとのお話がとても明快でしたが、この度は将来もらう年金の増加を含めた法人化の損益分岐点についてもとても勉強になりました。ほかにも法人化のメリットとして、賃貸物件を法人で契約して役員社宅としたり、出張手当、生命保険の掛け金、車両の全額、退職金など経費の範囲が広がることもモチベーションになると思いました。次回のマイクロ法人についても楽しみにさせて頂きます!

返信29
 
 
 
 
bauhaus

2022.10.11
知りたいことがわかる良記事でした。
丁度、法人化したほうがよさそうなレベルのよう。将来の相続まで考えても法人化は魅力ですね。勤める会社が夫婦共に副業禁止なので、今のところ選択肢はありませんが…。
法人の設立はもちろん、移転費用もかなりを要しますよね。

返信14
 
 
 
 
kenken

2022.10.11
私は個人事業主、法人の2形態で不動産賃貸業をしています。所有物件数としては個人所有<<法人所有の状態(当然法人の方が賃料収入は多い)ですが、主に個人事業主の収入で生活し、法人からの役員報酬は10.5万円/月しかもらっていません。ですので社会保険料は激安です。

当然、法人には現金が溜まっていきますが、その現金は退職所得として頂く予定です。個人個人によって差はあると思いますが、概ねこれがベストに近いと思います。

【サラリーマン時代】
(1) 個人で物件を購入。その後も個人で物件を買い足していく。
(2) 個人所有がそれなりの規模(家賃収入だけで暮らしていけるくらい。これは人それぞれの価値観)になったら法人設立。
(3) 以後は法人で物件を購入していく。但し法人から役員報酬は貰わない。

返信43
 
 
 
 
llc

2022.10.11
人によって各種事情が異なるので、個人個人で検討すべきですね。

私の場合、サラリーマン収入・副業の事業収入があるため、不動産法人から給料はとっていません。

嫁を非常勤役員(この物件買っていい?いいよ・ダメ)とし、扶養の範囲程度で、事前確定給与で支払っています。
非常勤役員は社会保険の適用なし、給与所得控除・基礎控除で所得税なしの水準が我が家では良い、と判断しました。

返信23
 
 
 
 
taka254220

2022.10.11
東海地方に複数棟所有している専業大家です。法人化しています。社会保険に関して無意識と言っていいほど考えていませんでした。
このような視点から今後の運営を考えていきたいと思います。
引き続き楽しみにしております。

返信12
 
 
 
 
masa147383

2022.10.11
非上場会社の株式の配当は総合課税になるので、所得税と住民税は安くならないのでは?
さらに、配当金は損金では落ちず、配当金に対して法人税(約35%)が課せられて、受け取った側の個人には所得税&住民税(最大55%)が課せられて、最大90%の課税だとすると、未上場会社は、配当金を使わない方が良いと教わったのですが、どうなのですか?

返信12
 
 
 
 
mida61653

2022.10.11
配当はどうでしょうか?
仮に法人税等が30%として、所得税等が20%だと
利益100あっても手取りは56となってしまって効率が悪いように感じます。
社会保険料などの負担はないですが、どうかなと思います。
株で損しているなどの場合、損益通算できますがそれでも手取りは70。これならなんとかというレベルではと思います。

返信12
 
 
 
 
MOLTA

2022.10.11
今回も、良記事をありがとうございます。
賃貸業を営む上で、事業の法人化の判断ポイントは様々にありますが、社会保険を考慮した総合収支という観点で論じられているケースは少ないので、非常に有意義でした。
役員報酬に関して言えば、私の場合には、サラリーマン時代に始めたことや、事業拡大(再投資)の極大化を意識していたので、法人成りは比較的初期から行いましたが、役員報酬も配当も賞与も取っていませんでした。これは、専業になってからも同様です。個人で保有している最初期に購入した不動産収入があることや、役員借入金がまだまだ積み残しされているためですが、健保や年金負担を考慮すれば、111万の役員報酬もアリですね。
いずれにせよ、こうした取り組みの際には、取組みの目的をしっかり定める必要があります。節税なのか、CF最大化か。相続対策も見据えて、長期的な視野で取り組みたいですね。

返信12
 
 
 
 
芦沢晃(区分投資家)

2022.10.11
私は理系兼業大家なので、苦手な分野を大変具体的に解説頂け、いつも非常に参考になります。健保だけを見ても、サラリーマン兼業大家の場合、60歳定年時の健康保険を国民健保に移るか、会社の健保に任意継続する場合と、特別退職被保険制度がある会社もあります。その後も65歳と70歳、75歳の節目で、健保を変更しないといけなかったり、保険料を自主的に滞納して、強制資格喪失する裏テク?があったり、医療費負担が変わったりと、非常に複雑な制度で、苦手な分野が、尚更わかりにくく、税金と社会保険、負担と支払いの多面的なご教示を賜りますと、非常にうれしいです。今後とも続編を楽しみにさせて頂きます!

返信11
 
 
 
 
kizu292463

2022.10.11
私も、社会保険を考え役員報酬は月、八万円に設定しました。
母親名義の個人事業扱いアパートもあるので、普通に国民保険を支払うと高いですが、役員報酬を五万円設定にしてます。実際入院や手術をした時も社保の報酬で限度額が決まるので、かなり安く済みました。

返信11
 
 
 
 
asas793338

2022.10.17
役員報酬を極端に少なくし社保負担を減らした場合、融資を受ける際に金融機関の審査で不利になる事は無いのでしょうか?
いくらなら大丈夫という年収額はわかりませんが「社会通念上おかしくない金額にしておいたほうが無難」という考えがあるとすればどのくらいが妥当と思われますか?

返信20
 
 
斎尾裕史

コラムニスト

2022.10.17
事業融資の場合、役員報酬が極端に少ない場合、どうやって生活しているのかと調べられる可能性はあると金融機関の人も言っていました。配当を給与と同等とみなして判断する場合もあるそうです。
ただ、同じ手取りであれば、配当を活用した方が会社の負担は少ないですので、融資上不利になりことはありません(その分会社利益が大きいため)。

なお、社長が個人の住宅ローンを組む場合は、おそらく不利になります(配当は固定収入ではないため)。
役員報酬は400万円くらいまでは、年金を含めた手取りは大きく変わりませんので、400万円程度の年収で住宅ローンを組めそうでしたら、その辺りが良いかと思います。

2
 
 
asas793338

2022.10.17
返信ありがとうございます。ご丁寧な回答、恐れ入ります。
とても参考になります!